東日本大震災を思い出す 【2020年3月11日】

日記

今日は2020年(令和2年)3月11日。2011年(平成23年)3月11日に東日本大震災が発生して9年が経ちました。多くの方が亡くなり、そして多くの方が悲しみに包ました。

本当に信じられない被害が出ました。ただ、あれだけの大変な時期だったのに、少しずつ記憶が薄れていきます。悲しかった事、辛かった事などを忘れていってしまいます。そして、地震や津波への警戒がなってしまいます。なので、この日が来る度に思い出しています。

当時、東京にある小さな会社に勤めていました。社員数は10名未満なので、全員同じ部屋で仕事をするという環境でした。会社はビルの7階に入っていたので、地震が起こった時はすごく揺れました。部屋全体が揺れ、棚にある物、机の上にあるものが散乱しました。あまりにも大きな揺れだった為、全員が机の下に隠れて驚いていました。地震の時に机の下に隠れるという事は小学生の時に教わりましたが、実際の地震で隠れたのはこれが初めてだったと思います。揺れが収まり、全員でビルを出ました。エレベーターが使えなかったので、階段を下りました。みんなと行動していると、安心感があったことを思い出します。3月11日の地震があった数日前にも大きめの地震がありました。その日は会社で一人で留守番をしていたのですが、一人だったのですごく怖かったです。

その後、仕事は出来ないので、帰宅する事になりました。道路は渋滞で、電車は動かい状態でしたが、幸い自転車通勤だったので、すぐに家に帰る事が出来ました。食べ物を買っておこうと思い、お店に行くと多くの方が水、食べ物、トイレットペーパーを買っていました。その時は急がなくてもいいのにと思っていましたが、蓋を開けてみると、ほとんどの店で水、食べ物、トイレットペーパーは売り切れ状態になっていました。この時に非常食やトイレットペーパーの大切さを実感しました。

原子力発電所が止まった事で、定期的な停電が関東エリアで行われましたが、幸い、私の住んでいたエリアは停電はありませんでした。この時に知ったことは電気の大切さです。電気が無ければ、水もガスも使えません。マンションであれば、貯水槽があって揚水するために電動ポンプを使っています。その為、電気が無ければ使えないのです。ガスは換気扇を回さないと一酸化中毒になってしまいます。なので電気が必要です。また電気がないと携帯にも充電出来ないし、家庭でのインターネットが使えないのです。今の時代がどれだけ電気に依存しているかということが解りました。

人といる事で安心感を得れるということ、非常時の備えの大切さ、電気の大切さを知りました。

そして何より命の大切さです。およそ1万5千人の方が亡くなりました。自然災害が原因で命を落としてしまったという事に対して、虚しさと悲しさを感じます。ただ、生きているという事はどれだけ幸せな事なのかと改めて実感します。

日本は地震が必ず起きます。また、よく地震が起こる為、慣れてしまい、多少の地震でも、まあ大丈夫だと思って済ませてしまう事がほとんどです。

今日は3月11日、東日本大震災の起こった日です。この日がいかに恐ろしく悲しい日であったかを思い出してはいかがでしょうか。そして、再び地震が発生した際には、少しでも被害が減らせるようにしましょう。風化させてはなりません。また、震災の影響は9年経った今も続いているということも忘れてはいけません。

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